蘭野球事始 ~オランダ野球風説書~

自称日本一オランダの野球に詳しいブログ

プレミア12から見るオランダ球界

2015-09-09 03:52:23 の記事です。
 
 先日、プレミア12へのメジャー40人枠の選手は参加しない旨で、WBSC(世界野球ソフトボール連盟)とMLB(メジャーリーグ機構)が合意しました。
 
 侍ジャパンとしては、イチロー田中将大をはじめとしたメジャーリーガーたちが参加できないことで、戦力的にも話題的にも尻すぼみになる感は否めません。また、アメリカ、ドミニカ共和国をはじめとした、メジャーリーガーを多く抱えた国々がトップ選手を送ってこれないことになる。
   こうした現状の「プレミア12」という大会に懐疑的な意見や論調が少なからずあることは、「オランダ野球オタク」という変わった趣味を持つ私としては残念です。ただし、日本の野球しか知らない、また興味のない大多数の野球ファンから見ると、当然の成り行きであります。
 
 しかし、見方を変えれば、「プレミア12」というこの大会の秘める可能性や潜在力もまた読み取れるのではないでしょうか。世界ナンバー2の野球リーグを持つNPBが本腰を入れて、トップ選手を送り込むことで大会のレベルを相当なところまで押し上げることができます。また、アジアにおいて存在感の強いNPBの本気度を見た、韓国や台湾といった国のプロリーグも現段階ではトップ選手を送り込もうと意気込んでいます。他にも、ドミニカ共和国は日本やマイナー、メキシコなどでプレーする選手を厳選し大会に望む、というような噂も耳にします。
 このように、WBCとは別枠でMLB抜きでもNPBを中心としたプロリーグが中心になって大きな国際大会を開催していくことは、「国際野球」という文化を定着させていく上で一つの大きな鍵になりうるのではないでしょうか。このような大会が開かれること自体、史上稀に見ることだと思います。このことだけでもオリンピック復帰に向けた大きなアピール材料になるでしょう。
 ただの「オランダ野球好き」がつぶやくのもここまでにしておいて、後はブログ「世界の野球」さんの記事を拝見して頂ければ、この大会に関する情報は整理できると思います。
 
 さて、ではオランダ代表はこのプレミア12にどのような布陣で望むことになるでしょうか。メジャー40人枠の選手の参加が見送られたため、アンドレルトン・シモンズ、ディディ・グレゴリウス、ケンリー・ヤンセン、ヨナサン・スコープ、サンダー・ボガーツら、の招集は断念せざるを得ません。よって、基本的には国内リーグホーフトクラッセの選手+マイナーリーガー+その他海外のプロリーガーで構成されることになるでしょう。簡単に言えば、野球ユーロでのオランダ代表にバレンティン、フェンデンハルク(バンデンハーク)ら日本でプレーする選手が加わる形です。
 こうして見ると、国内でプレーする選手を半分近く抱えたオランダ代表が世界でどこまでやれるかを見る、数少ない大会になります。私のようなオランダ野球好き。もっと言うと、ホーフトクラッセ好きにとってはこの上なく貴重な、興奮する大会になるのです。
 元はといえば、私がオランダ野球に興味を惹かれた発端も、WBCで触れた国内選手の活躍です。当時の正捕手シドニー・デヨングがメジャーの投手から強烈なあたりを放つの見て、オランダ国内にもこんなに良い選手がいるものか、と感動した記憶があります。
 
 話は変わりますが、先日オランダの大ベテランが引退を発表しました。23年に渡り、ホーフトクラッセでプレーしてきたディルク・ファント・クロースター外野手です。通算成績では906試合に出場し、リーグ史上最多となる1215安打をマーク。彼は1998年から2011年の間、オランダ代表でも215試合に出場し、シドニーアテネ、北京の五輪に出場しました。WBCでもマイナーリーガーと肩を並べて出場し、2009年大会ではオランダ初の2次ラウンド進出に大きく貢献しました。彼の引退は、オランダ球界にとって非常に大きな痛手で、また、転換期でもあるでしょう。
 
 しかし、彼に代わるような実力を備えた野手がホーフトクラッセにいるのか、と言うとそうではありません。先日開催されたオランダ主催のハーレムベースボールウィーク。この大会で外野手登録された3人はダーンティ、ロンブリー、ディアス。前者二人は既に三十路を迎えたベテラン選手であり、後者のディアスはこの大会で新人王を獲得し、国内リーグでも圧倒的な打率をマークしたものの、オランダ王国構成国カリブ海のアルバ出身。オランダ国内の育成によって、台頭してきているような若手外野手はあまり見当たりません。
 内野手でも長年代表に入り、現在はキャプテンを勤めているマイケル・デュルスマがいますが、高齢により成績も急降下。最早、代表に呼ぶ水準には達していないでしょう。ポストデュルスマとしては、アメリカの大学で活躍しているステイン・ファンデルミールが台頭しているのが幸い。
 サンフランシスコ・ジャイアンツでメジャーリーガーとしてプレーし、後にL&Dアムステルダムパイレーツを率いて優勝へ導いたこともあるリカート・ファネイテ。彼はパイレーツの監督を退いた後、数年間野球から離れた生活を送っていた。そんな彼が、数年ぶりに野球を見るために、昨年のオランダシリーズの会場を訪れた時にこう述べた。
 
「オランダの野球のレベルの低下に驚いた。何かしらの形で、またグラウンドに戻ってこなければならない。」
 
 彼は今年に入ってから、野球教室やコーチング研修を数度開催している。彼の真意はわかりかねるが、クロースターに続くような国内の外野手が育っていない現状を鑑みると、彼が言わんとすることもわかる気はする。
 
 
 ただしかし、しっかりと結果を残しながら、代表に呼んでもらえていない選手がいるのも実状だ。パイレーツのレムコ・ドライヤーはキンハイム時代から安定して3割をマーク。セーフティバントは巧みで、堅実な守備も光る。また、同じくパイレーツのベルケンボスも安定して3割をマークし、昨年は7本塁打を記録。今シーズン、ネプチューンズに復帰したフェルノーイもいきなり打率.333をマークし、ブランクを感じさせない活躍を見せた。
 しかし、こうした活躍を見せるオランダ人選手の存在をよそに、ホーフトクラッセから代表に選ばれる選手にはマイナー帰りのアンティル系(キュラソー、アルバ)選手が目立つ。彼らの多くが、国内のオランダ人選手と同等か、もしくはそれ以下の成績のこともある。もちろん、彼らは国内の選手よりはるかにレベルの高い米マイナーで経験を積んできており、才能を持った選手が多数なのは言うまでもない。
 一方、既に副業を持ちながらプレーし、生活の基盤があるオランダ人選手に比べ、野球をするだけのためにオランダ本国にやってきた彼らの生活基盤は不安定だ。クラブからの収入は微々たるものである。唯一安定して給与が出るのが、オランダ代表でのオランダ野球協会からによるものだ。こうしたマイナー帰りのアンティル系選手を代表から外すということは、彼らのオランダでの生活基盤を切り離すことに直結しているのだ。
 以上は、完全なる事実ではなく、私の推測であるが、こうした事実は明らかに読み取れることができる。WBC2013オランダ代表監督でサンフランシスコ・ジャイアンツの打撃コーチでもあるミューレンスは、オランダ球界の発展、国内リーグのレベルアップのために、マイナーをクビになった選手たちを次々にオランダ国内へ紹介し送り込んできた。しかし、その努力は、国内のオランダ人選手が代表に入るための高いハードルを作ってしまった面もあるのではなかろうか。
 
 プレミア12はオランダ国内ホーフトクラッセの選手を、国際舞台で見られる数少ない機会だ。その機会に、ホーフトクラッセの選手がアンティル系選手ばかりだと、オランダ本国だけをイメージしている日本の一般の方々も少し興ざめかもしれない(もちろんアンティル系選手を批判しているわけでもないし、彼らの活躍がなければ、今日のオランダ野球の飛躍・発展はありえない)。
 これからのオランダ球界に必要なのは、アンティル系選手にも引けを取らないような実力の選手を国内から排出していくこと。そして、「プレミア12に出るんだ」というように、オランダ代表に選ばれることを目標にできるような代表選考の仕組み、またアンティル系選手の「輸入」の仕方を模索していくことだろう。