悲願のオランダ野球フィーバーへ!2020五輪最終予選
オランダは自由の国と呼ばれる。街中で大麻が吸える。安楽死が認められており、自らの意思で死を選ぶことができる。LGBTに寛容で、首都アムステルダムでは毎年運河でゲイパレードがある。売春が許されており、アムステルダムの飾り窓地域は夜の街として世界的に有名だ。“自由”を享受するために、ほかのどの国よりもルールが少ない国、とでも言えるだろうか。
そんな“自由”の国がゆえに、新型コロナウイルスはオランダを大混乱に陥れた。これまで述べた色々な“自由”は、自己責任の裏返し。自分がしたいことはやっていいけど、その責任はちゃんと自分でとってね、ってこと。この“自由”はオランダにおける新型コロナウイルス感染対策で、マスクの着用についても個人の“自由”に委ね、強力な感染対策を講じることができなかった。ゆえに、昨年2020年感染初期のオランダでは爆発的な感染拡大を招いてしまったのだ。人類にとって未知なる感染症の前には、“自由”よりもルールが必要だったのかもしれない。
話しを野球に移そう。オリンピックパラリンピックがコロナ禍により1年延期されたことは周知のとおりだが、蘭球界も“自由”に振り回された。開幕は4月から大幅に遅れ、結局7月末に無観客で開幕(元々観客なんていないだろとは言わせない)。試合数は例年の半分の21試合しかできなかった。また、秋の第2波の直撃により、なんとオランダシリーズは途中で打ち切り。アムステルダムが2勝していたが、2020年の優勝チームはなしということになった。
オランダでは、毎年国際大会が開催されているが、それも中止。欧州内の国際大会もなかったため、国際大会がなかったのは数十年ぶりではないだろうか。
そんな苦難の年を乗り越え、2021年は延期された五輪が待っている。オランダではまだまだ野球はマイナースポーツ。そんな野球にスポットライトが当たるまたとない機会がこのオリンピックだ。日本ではラグビー日本代表がワールドカップで躍進し、国内でラグビーフィーバーが巻き起こった。それと同じように、どうにかオランダ国内で野球をメジャースポーツにしよう、子供たちが野球に夢をみるような未来を創ろう、という使命を背負って戦っているのが野球オランダ代表だ。これまでのWBCでは2大会連続でベスト4に入り、着実に国内での知名度は上昇しているものの、国内リーグホーフトクラッセの観客動員数が増えたりするまでには至っていない。五輪ともなれば、注目度はWBC以上。オランダで野球フィーバーを巻き起こすには、絶好のチャンスになる。
◎東京五輪への険しい道のり
オランダは2019年に開催された欧州・アフリカ最終予選でなんとイスラエルに敗北し、世界最終予選に回ることになった。最終予選のオランダ以外の参加国は台湾、中国、オーストラリア3か国の辞退により、ドミニカ共和国とベネズエラの2か国だけ。全部で3か国と少なく、オランダにとっては大チャンスが到来だ。ただし、中米の2か国はメジャー経験者を擁しており、客観的に戦力はオランダを上回る。オランダは弱者の戦いができるかがカギとなる。
発表された五輪世界最終予選、オランダ代表のメンバーをこの通りだ。
〇投手(12人)
ジェイアー・ジャージェンス(メキシコリーグゲレーロス)キュラソー
フアンカルロス・スルバラン(L&Dアムステルダム)キュラソー
トム・デブロック(L&Dアムステルダム)蘭
マイク・ボルセンブルーク(ドイツリーグヘイデンヘイム)蘭
ラルス・ハイヤー(HCAW)蘭
フランクリン・ファンフルプ(無所属)シントマールテン
ウェルデル・フローラヌス(メキシコリーグタイガース)キュラソー
マイク・フルーン(L&Dアムステルダム)蘭
〇捕手(2人)
シクナルフ・ロープストック(無所属)アルバ
〇内野手(7人)
ユレンデル・デカスター(キュラソーリーグワイルドキャッツ)キュラソー
ドゥエイン・ケンプ(ネプチューンズ)蘭
カート・スミス(米独立リンコルン・ソルトドッグス)キュラソー
〇外野手(5人)
デンゼル・リチャードソン(L&Dアムステルダム)シントマールテン
アデマル・リファエラ(無所属)キュラソー
ジャンディード・トロンプ(イタリアリーグサンマリノ)アルバ
◎進まぬ世代交代
まず、全体的な感想としては世代交代が進んでいないということ。マークウェル投手は41歳、デカスター内野手は42歳で共にアテネ、北京オリンピックを経験している大ベテランだ。二人とも代表での経験が豊富で頼りになることは間違いないが、彼らがまだ代表入りしているということはそれを突き上げる若手が出てきていないということ。20代前半ごろから既に彼らが選出されていたことを考えると寂しい気もするが、おそらく最後になるであろう彼らの有志を目に焼き付けたい。
一番の弱点は中継ぎ陣の手薄さ。これまでの国際大会でもオランダ代表の投手層の薄さは勝負所で大きな弱点となってきたが、ベスト4まで勝ち上がったWBCの際は勝ちパターンが定まっていた。オランダ国内では最高峰の投手スタイフベルヘン、ファンミルの存在があった。なんとかのらりくらりでも彼らまで継投すれば、ある程度は勝利が計算できていた。しかし、今回は守護神もリリーフエースもすぐに名前を挙げられるほどの存在がいない。恐らくは代表経験豊富でWBCでも7回参考記録ながらノーノーを達成したこともあるマーティスがクローザー。その前に現在メキシカンリーグでプレーしているフローラヌスや、ネプチューンズで長年クローザーを任されているケリーが投げることになるだろう。しかし、マーティス以外の二人は国際大会での経験が未熟で安心して任せられる投手とは言えない。彼らの状態次第ではホーフトクラッセ(オランダ野球トップリーグ)でもクローザーの経験があり、150キロ超えの速球を投げられるデブロックを後ろで起用するのも検討すべきだろう。
ただし、先発投手陣も一筋縄ではいかない。確定的なのは元メジャーリーガーで代表でも中心投手のジャージェンス、マイナーでの経験が豊富なスルバランぐらいか。ほかにはデブロック、ボルセンブルーク、ハイヤー、マークウェルら国内組が控えているが、ドミニカ共和国とベネズエラを抑えるのは至難の業だ。
また、今回は大会のフォーマットや対戦相手の戦況を把握しながらうまく起用していくことも重要になる。この最終予選はまず3チームの総当たり。そしてオランダのベネズエラとの初戦は、大会2試合目になる。初戦は全力で勝ちにいくにしても、もしオランダが初戦に負けてしまえば、次のドミニカ戦に勝ったとしても自動的に敗者復活戦に回らざるを得ない状況も考えられる。そうした際は、大会3試合目には主戦級の投手を休ませるなど状況に応じた投手起用が求められるだろう。
今回はMLB傘下でプレーする選手を呼べなかった影響もあり、全体的に投手層が薄くなったことは否めない。人数的にも、投手は12人しかおらず、野手を1人減らし、投手を増やすべきだったようにも思う。日程を考えると4連戦になる可能性もあるため、中心となる投手は大事な場面では連投させるなど巧みな投手運用ができるかが見どころになる。
◎主砲カリアン・サムスの不在
一方の野手陣。今回のサプライズは長年代表の中軸を担ってきたカリアン・サムスの落選。年齢的にはすでに35歳を迎えるシーズンに入っており、代表の一線を退くには不思議でない年齢だが、国内にも、マイナーの選手にも、彼に代わるような選手は出てきていない。昨年のホーフトクラッセでは20試合で8本塁打を放っていた。ここをどう埋めるかが課題になる。
コロナ禍でマイナーリーグの縮小などのあおりを受け、フリーエージェントになっているリファエラやトロンプ、パドレスでプレーするジュリクソン・プロファーの弟ジュレミらがどこまでサムスの穴を埋める活躍ができるだろうか。今回もまだまだ大ベテランのデカスターに頼る必要がありそうだ。
ホーフトクラッセからの選出で楽しみなのはアムステルダムでプレーするリチャードソン。普段はジムのインストラクターなどをこなしながらプレーするシントマールテン出身の選手だが、身体能力に溢れたプレーで昨年は21試合の出場で5本塁打。今年もここまで打率.444、本塁打4と絶好調。マイナーリーグ時代は活躍できなかったが、今オランダで花開いている選手だ。スピードある守備も魅力な選手なので、スタメンでも十分働けるはずだ。
◎野球フィーバーへの通過点
ここまでざっくりと選出された選手たちを見てきたが、あまり楽観視できない戦力なのは見てのとおりだ。お世辞にも全勝で最終予選を突破する未来図は予想できない。2009年のWBCでは、たった2人しかメジャーリーガーがいない中、ドミニカ共和国に2度勝利し、2次ラウンドへ進出した。あの戦いのように、投手を小刻みにつぎ込み、少ないチャンスをものにするしか勝機はないのではなかろうか。
ただし、何度も言うように今回は超短期詰め込み日程。先発させた投手は、再度登板させることは不可能に近いし、それを12人でやりくりしなければならない。投手陣の中心となるデブロックを先発として使うのか、リリーフとして大事な局面で数試合使えるようにするのか、個人的な注目点を最後に挙げておきたい。
コロナ禍で“自由”を奪われたオランダに野球フィーバーを巻き起こすための通過点となるこの最終予選。本戦に進めばマイナーリーガーやNPB選手を招集できる可能性もある。オランダ野球フィーバーへの挑戦、第1歩が間もなく始まる。
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2017年WBC時に書いたオランダ代表に関するコラムもご覧ください。これを読むとオランダ代表のざっくりとした歴史や構成がわかります。