蘭野球事始 ~オランダ野球風説書~

自称日本一オランダの野球に詳しいブログ

次回五輪へ求められる次世代の台頭~U18野球ユーロ~

 コロナ禍で行われた東京五輪。開催の是非が連日報道されていた大会前の雰囲気はなんのその。始まってしまえば、多くの国民がスポーツに夢中になった。コロナで外出が難しい時世も相まって、様々なスポーツが脚光を浴びた。選手みんなが笑顔で競技そのものを楽しむスケートボードは新しいスポーツの楽しみ方や一面を見せてくれたし、女子バスケットボールは体格差で敵うはずのないと思われていた欧米チームに対し互角の戦いを繰り広げた。

 そんな中、日本で一番の視聴率をたたき出したのは野球だった。東京五輪野球決勝・日本-米国の平均世帯視聴率は、関東地区で37・0%。今回の五輪でも分かる通り、日本でも様々なスポーツが台頭し、子供たちにも多くのスポーツが身近になった。それでも野球がここまでの注目を集められたのは喜ぶべきことだろう。

 ただ、野球は次回パリ五輪では競技から外れる。比較的野球の認知が低いヨーロッパ、パリであるだけに野球を開催する意義は大きかったはず。NPBを中心とした日本球界には、今後の世界の球界を引っ張る存在としてもっともっと大切な役割を担っていって欲しい。

 「自国開催の東京五輪で勝てた」「初めて野球で金が獲れた」これで終わりではない。五輪で野球を実施できた意義、今後も復活を目指さなければならない理由をもっともっと発信していって欲しい。日本で、スケートボードやフェンシング、バスケットボールを初めて見た人たちがたくさんいたように、イスラエルなどほかの国では初めて野球を見て、その虜になった人たちがたくさんいるはずだ。WBCでは担えない役割を五輪は持っていると思う。

 

 さて、前回の記事でお伝えしたように、オランダ代表は世界最終予選で敗退。オランダで野球フィーバーを巻き起こす夢は潰えた。東京五輪の結果を見ると、オランダに勝利して出場権を得たイスラエルドミニカ共和国はやはり強かった。メジャー経験のある選手が現役に復帰したり、試合をひっくり返す長打力なども現状のオランダ代表では敵わなかっただろう。こうして考えると、野球復帰が期待されるロサンゼルス五輪までの7年間はオランダ代表の強化のために必要な年月なのかもしれない。

 

U18野球ヨーロッパ選手権

 東京五輪の開催前の7月、ヨーロッパでは高校生世代のU18ヨーロッパ選手権が開催された。結果はオランダの優勝。宿敵イタリアを下しての優勝だった。次回五輪でもヨーロッパのライバルたちを倒さなければ、出場権を得ることができない。まずは、新しい世代で一歩を踏み出した。この大会で台頭してきた選手を紹介していこう。

 

【試合結果】

イスラエル 0 – 18 オランダ

オランダ 5 – 7 イタリア

フランス 7 – 11 オランダ

オランダ 6 – 2 リトアニア

○準決勝

ドイツ 2 – 4 オランダ

イタリア 7 – 5 スペイン

○3位決定戦

ドイツ 10 – 0 スペイン(6回コールド)

○決勝

イタリア 2 – 6 オランダ (試合動画はこちら)

 

 【オランダ代表ロースター】名前・(所属チーム)・年齢

○投手

ブランドン・ヘルボルド (キュラソーネプチューンズ) 16

リック・リズフィック (DSS/キンハイム) 17

コディ・ヘンドリクス (+IF) (オコートクス・ドーグス・アカデミー (カナダ)) 17

クーン・ファント・クロースター (ホーフトドルプ・パイオニアーズ) 17

ドリアン・リッペンズ (L&Dアムステルダム) 18

コノル・プリンス (L&Dアムステルダム) 17

マティス・オーステルベーク (ホーフトドルプ・パイオニアーズ) 17

ステイン・ファンデルスハーフ (HCAW) 17

○捕手

セム・カイパース (DSS/キンハイム) 17

メース・ロベルセ (+ OF) (クイック・アメルスフォールト) 17

ルカ・パストル (L&Dアムステルダム) 18

内野手

マティス・クラウウェル (DSS/キンハイム) 16

レイドリー・レヒト (L&Dアムステルダム) 18

エミルソン・ハスウェル (L&Dアムステルダム) 17

ラファエル・スメーンク (アムステルダム・パイレーツ(ルーキーチーム)) 17

バスティアーン・ファンデルホルスト (L&Dアムステルダム) 18

○外野手

イェッセ・フェルダース (HCAW) 18

マルト・ブレイレフェン (DSS/キンハイム) 17

ロドマー・アンジェラ (キュラソーベースボールアカデミー) 16

パリ・アギレラ・ザヤス (DSS/キンハイム) 17

 

 今回の選手たちはほとんどがオランダ国内リーグのホーフトクラッセでプレーする選手たち。オランダでは、トップリーグのクラブがユースからトップまでチームを編成しており、若い選手でも才能ある選手は16~18歳で1軍に上がりプレーしている。今回、レギュラーで出ていたほとんどの選手は既に1軍を経験した選手が多い。特に、ホーフトクラッセは上位チームと下位チームの戦力差が激しく、若い選手たちは下位チームに所属し、試合経験を早い時期から積んでいる。そこから主力選手になると上位チームに移籍するという流れだ。

 今回のメンバーでは、キンハイムのリズフィックは既に先発ローテーションを任されている左腕だし、キャッチャーのロベルセ、内野手のレヒト、ハスウェルも1軍に帯同し、少しずつ出場機会を増やしている最中だ。

 

 今回のチームの特徴は、投打にはっきりとした中心がいなかったこと。2年前に開催されたU18ワールドカップでは現在カンザスシティ・ロイヤルズ傘下のシングルAでプレーするダリール・コリンズや蘭ツインズでプレーするピーターネラ等、主軸を中心に戦ったが、そうした主軸となれる選手は今回いなかった。細かい継投や、打線をつなぐことで優勝を勝ち取った。その原動力となったのは投打に2人。

 

 まず、投手は大事な場面でのロングリリーフが光ったファンデルスハーフ。長身で長髪、スラっとした身のこなしは、どこかオランダ代表で長年リリーフを務めたファンドリールを思わせる。今回の大会では球速が分からなかったが、速球をどんどん投げ込みながら、曲がりの大きいスライダーを駆使しながら、相手打線を封じ込んだ。先発が下りた後に、ロングリリーフで試合を作り、決勝では3回途中から4イニングを投げ抜き、大会MVPを獲得した。オランダフル代表では、リリーフの中心だったファンミル、スタイフベルヘンがいなくなり、WBCなどの国際大会で勝ち上がっていくためにはブルペンの強化が欠かせない。数年後を見据えてこうしたリリーフ投手が成長するのは必要不可欠になる。

 

 打者でMVP級の活躍をしたのはフェルダース。当初は下位打線や控えに回っていたが、勝負所で打点を挙げ、決勝では4番。終わってみれば打率.500、OPS1.517、3二塁打、2三塁打、10打点と打線の中心として大きな活躍をした。決勝でも1-1で同点の最終7回に、三塁線を破る決勝の2点タイムリ二塁打を放った。きわどい球は見極める選球眼も持っており、中距離打者として今後の活躍が楽しみな選手である。フル代表でも外野は高年齢化が進んでおり、KNBSB(王立オランダ野球ソフトボール協会)は中堅のオデュベルやランペを代表の構想外としている。今後の成長が楽しみな選手である。

 

徐々に原石現る投手陣

 他にも存在感を示した選手は多い。オランダでは若手投手の強化プログラムとして、「ファストボールプロジェクト」というものがあり、有望な選手たちの投球メカニックなどを解析しながら、才能の強化を図っている。時にはアメリカに遠征したり、オランダ本土の強みである投手力の向上に力を入れている。そのメンバーに入っているリズフィックやリッペンズはこの大会でも主力として投げた。リズフィックは決勝イタリア戦で、チェンジアップを駆使し強力打線を抑え込んだし、リッペンズは90マイルを超える速球を投げ込み準決勝のドイツ戦で勝利投手となった。リズフィックは球速、リッペンズはコントロールを鍛えれば、今後の飛躍も期待できる。先に挙げた2人だけでなく、いろんなポジションで今後の希望となるような選手が発見できたのはオランダにとって大きな収穫になった。

 

この「ファストボールプロジェクト」からは、ここ数年MLBの球団とマイナー契約を結ぶ選手も数名出てきている。五輪最終予選に選ばれたフランセン(レッズ傘下)やドニー・ブレーク(ツインズ傘下、7月にリリース)、カシミリ(トロント傘下)などが挙げられるが、今最も注目されているのはトロントブルージェイズ傘下のセム・ロベルセ投手だろう。

 

 ブルージェイズのプロスペクトランキングにも名を連ね、今季はシングルAで12先発5勝4敗、防御率3.90、57イニング2/3で61個の奪三振を記録している。速球は150キロ超をマークし、切れ味鋭いスライダーも素晴らしいものがある。8月9日にはHigh-Aに昇格し、初先発では打ち込まれたが、今後もメジャーの舞台を目指しさらなるステップアップが期待される。

 

背中を追いかけて夢の舞台へ

 こうした期待の存在は投手陣に多いが、ロベルセの背中を追いかける野手が今回のU18のメンバーにいた。同じ名前のメース・ロベルセ捕手だ。なんとセムの実の弟。兄が野球をやっていた影響で4歳のころからメースも野球を始めた。セムが投手だったので、メースは捕手になった。家の庭では毎日のように兄の球を受けていた。そんな兄がアメリカに渡ったのを見て、メースもアメリカの舞台を夢見ないはずがなかった。

 今季、捕手として成長するために、子どものころから所属していたHCAWからクイックに移籍した。HCAWには正捕手のダールがいるし、野手の層も厚い。クイックなら捕手としても打者としても、より多くの出場経験を確保できると考えたからだ。そうした決断を下したのはU18ユーロ、更にはU18ワールドカップが2021年に開催される予定だったからだ。この2つの大会でMLB関係者にアピールし、マイナー契約を勝ち取ろうと青写真を描き、覚悟を決めた。

 ユーロでは全試合に2番でスタメン出場し、打率.292と結果を残した。次は世界を舞台に大暴れするだけだった。ところが、コロナウイルスの影響でワールドカップは延期。来年アメリカで開催される。現在17歳のロベルセは来年も出場できる可能性は残されているが、進路を決めるには1年1年が勝負。マイナー契約を目指し、今季は所属するクイックで捕手としての経験値を磨くしかない。兄のセムは17歳の時に、ホーフトクラッセデビュー。ルーキーとは思えない投球で上位のネプチューンズアムステルダムを抑え込んでいた。2019年のU18ワールドカップには出場していないにも関わらずマイナー契約を勝ち取った。それを考えれば、メースも今年中に契約をとれる可能性は十二分にある。まずはホーフトクラッセで圧倒的な成績を残すしかない。その先に、アメリカでの兄弟バッテリー復活という夢が待っている。

 

 8月24日からはU23ヨーロッパ選手権が開催されるが、そこには2019年U18ワールドカップのメンバーも数名選出されている。優勝したU18メンバーから、この次のU23ユーロやワールドカップに選ばれる選手が出ることをのを大いに期待したい。オランダ野球飛躍のために、次の五輪に向けた戦いは既に始まっている。

 

U23オランダ代表ロースター】 名前・(所属チーム)

○投手 

アーロン・デフロート (キュラソー ネプチューンズ

ラフ・コク (ツインズ オーステルハウト)

ジェイデン・ゴネシュ (シリコン ストークス)

ナウト・クラハト (L&Dアムステルダム

スコット・プリンス (ホーフトドルプ パイオニアーズ)

ジオ・デフラーウ (L&Dアムステルダム

ヤスパー・エルフリンク (HCAW)

クーン・ポステルマンス (ツインズ オーステルハウト)

ケフィン・バッカー (キュラソー ネプチューンズ

○捕手

デイフ・ヤンセン  (ツインズ オーステルハウト)

ヨーディオン・マルティー (シリコン ストークス)

内野手                     

デラーノ・セラッサ (L&Dアムステルダム

タイリック・ケンプ (ツインズ オーステルハウト)

トミー・ファンデサンデン (DSS/キンハイム)

シェディオン・ジャマニーカ (シリコン ストークス)

ダイアモンド・シルベリー (ツインズ オーステルハウト)

○外野手

ユリアン・リップ (HCAW)

マックス・コップス (ツインズ オーステルハウト)

ジアンドロ・トロンプ (HCAW)

ルーンドリック・ピーターネラ (ツインズ オーステルハウト)