蘭野球事始 ~オランダ野球風説書~

自称日本一オランダの野球に詳しいブログ

”世代交代”の象徴U23世代とHCAW旋風 ~2021オランダ投手タイトル~

 政治の世界では自民党の総裁選を控え、各総裁候補者たちが様々なメディアに出演し、論戦を繰り広げはじめた。総裁選の後は、衆議院総選挙が予定されており、自民党政治の継続か、政権交代か、日本の政治も大きな転換点に差し掛かりつつある。こと10数年前の日本では、民主党が“政権交代”というキーワードを前面に打ち出した。あらゆる演説でこのワードを訴えかけ、日本国民の新しい政治への期待を煽り、遂には初の“政権交代”を成し遂げた。

 

 さて、私もここ最近オランダ代表の“世代交代”をあらゆる場面で訴えかけている(笑)。しかし、実際に東京五輪最終予選に敗退して以降、王立オランダ野球ソフトボール協会(KNBSB)も“世代交代”に大きく舵を切り始めた。もはや、この“世代交代”は、オランダ代表を元のステージに戻すため、更にはネクストステージへ押し進めるためのパワーワードとなっている。

 

 今季、2021年。代表からコルデマンス、マークウェルという、レジェンド級の左右エースが引退し、この言葉の実現が少しずつ近づいてきている。実際に投手十傑には今までにない顔ぶれが並ぶ。

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2021個人投手十傑

 規定投球回NPBMLBと同じ、試合数の42回にした場合、最優秀防御率に輝くのはナウト・クラハト投手。L&Dアムステルダムに所属する彼は、現在20歳で2019年にはU18ワールドカップで代表、今年はU23ユーロで代表に選ばれている。140前半の速球、スライダー、チェンジアップを駆使するオーソドックスな投球スタイルの投手。五輪最終予選で好投したトム・デブロック投手がメキシカンリーグへ移籍すると、その穴を埋める形で先発ローテーションへ加わった。防御率1.66、5勝2敗の成績を収めた。

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ナウト・クラハト投手(photo:MvW.Fotografie)

 他にも同じ世代で台頭した選手がいる。パイオニアーズのスコット・プリンス投手。防御率2.06で4勝1敗。アムステルダムのジオ・デフラーウ投手。防御率2.55で5勝1敗。この3人に共通しているのは全員がファストボールプロジェクトという投手育成チームのメンバーということ。若手投手の球速アップや技術力向上を目的に設立したこのプロジェクトは、投球をデータ化して解析したり、アメリカでの合宿を行うなどして若手投手の育成を行っている。現に、ジオ・デフラーウ投手は既に90マイルを超える速球を投げているうえ、他にもさらに下の世代の投手で90マイルを超える投手がチラホラ出てきている。

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ジオ・デフラーウ投手(photo:Alfred Cop)

 伝統的に野手はキュラソーアルバ、バッテリー陣はオランダ本国、という構図になりやすかったオランダ代表だが、これまでのそうした特性を維持できるよう若手投手の育成に注力してきた成果が芽生えてきているのだ。

 既にフル代表に選出されたネプチューンズのアーロン・デフロート投手もそのメンバーの一人で、規定投球回未定ながら防御率1.83、3勝2敗と好成績。昨年まではリリーバーを務め、今年からは先発に回ったが、どちらの役割もこなせるのは代表に選出されても使い勝手が良い。身長は低いが、西武ライオンズの平良投手のように威力あるまっすぐはヨーロッパ選手権でも各国の強打者が苦戦を強いられていた。

 9月23日からU23ワールドカップが開幕するが、この4投手はもれなく選出されている。これまでのU23代表には、ホーフトクラッセで成績を残している投手は多くなかった。こうした未来ある投手たちが世界を相手にどこまで通用するか見物であるし、一人でもMLBの球団と契約できるような選手が出てくればいい。

 

 ただし、そんな若手の突き上げもある中、圧倒的なMVP級の成績を見せつけたのがHCAWに移籍したラルス・ハイヤー投手。コルデマンス、マークウェル去りし後、オランダ代表の中心になっていくのが彼なのは間違いない。これまでのWBCなどの国際大会での結果を見ると、90マイル前後の速球では抑えるのが難しく、得意のスライダーも捕らえられる印象が強かった。しかし、東京五輪の最終予選では負けたら終わりのベネズエラ戦にリリーフ登板し3回1/3を2奪三振無失点に抑え、試合の流れをオランダに引き戻す好投をした。シンカーを中心に低めに集め、ボールが飛びやすいといわれるメキシコの休場も考慮したのか、ゴロに打たせて取る投球が光った。

 今シーズンは防御率や勝利数もさることながら、投球イニングは106回2/3で、完封2回を含む完投3回、奪三振も断トツの128個で圧倒的な数字だった。五輪最終予選でドミニカ相手に好投を見せたデブロックとともに、今後のオランダ代表の先発陣の中心になってもらわないと困る選手だろう。

 ベテランのマークウェルや、同じ代表で先発投手のスルバランも防御率や勝利数では彼と変わらない成績だが、被打率や奪三振数、投球イニングなど、様々な指数をみていけばハイヤーのピッチングの質が最高だったのは一目瞭然。投手から今シーズンのMVPを選ぶならば間違いなくハイヤーだろう。後は、現在行われているプレーオフであと1勝すればチームがオランダシリーズへの切符を勝ち取る。初めての大舞台で活躍する姿を期待したい。願わくば、デブロックVSハイヤーを見たいものだ。

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ラルス・ハイヤー投手(photo:Line Drive Capture)

 リリーフピッチャーでは、目立ったのはHCAWのニック・クール投手だろうか。U23代表には選ばれたことのある左腕だが、フル代表選出歴はない巨漢投手だ。今期は守護神として6セーブを挙げ、チームの躍進に大きく貢献した。現在、マークウェル引退後、左腕投手が不在だ。貴重なリリーフ投手として代表に必要とされる人材なのは間違いない。来年も安定的にパフォーマンスを発揮できれば、代表招集も夢ではないだろう。

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ニック・クール投手(photo:MvW.Fotografie)

 こうして見ると、躍進したHCAWは先発ローテーションが3人ハイヤー、プルーヘル、ブルヘルスデイクと揃い、守護神にクールとピッチングスタッフの貢献度は非常に高かった。しかし、2強のアムステルダムネプチューンズにも、クラハト、デフロート、デフラーウなど、次世代を担う若手投手が出てきており、来年以降、チームの中心となっていけるか、順調に“世代交代”を進めていけるか、今から楽しみだ。

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勝利数

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奪三振

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セーブ数