蘭野球事始 ~オランダ野球風説書~

自称日本一オランダの野球に詳しいブログ

MLB契約へのアピールなるか?~U23ワールドカップオランダ代表~

 運命の1日。プロ野球を目指すべての野球選手にとってそう呼ばれるドラフト会議。今年は何球団も競合する目玉と呼ばれる注目選手はいなかったが、それでもほとんどの野球人が固唾をのんで指名の瞬間を見守った。各選手の背景にはそれぞれのドラマがあり、それぞれの運命の1日はまさにドラマチックだ。

 

 さて、海の向こうのオランダ。ここの野球選手にとって運命の1日と呼べるような日は存在しない。オランダが国内のプロ野球と呼べるホーフトクラッセ(実態としてはセミプロ)に入るのにドラフト制度はなく、欧州のサッカークラブと同じように、自由にどこの球団とでも契約ができる。一般的にはユース時代から所属してきた球団の1軍にそのまま昇格する形でプロデビューを果たすのが通常ルートだ。

 ただ、有望なオランダ人選手のほとんどが“プロ”としてプレーするのを夢見て、アメリカを目指す。最も有望な選手たちは16~18歳でMLB球団とマイナー契約をするが、それに漏れた選手はアメリカの大学でプレーしMLBのドラフトを目指す。しかし、高校からMLB球団と契約するよりはるかに難易度が高く、これまで大学経由でドラフトにかかった選手は近年ではスタイン・ファンデルミール(ネプチューンズ)のみ。現状、高校時代に圧倒的なポテンシャルを示すしかMLB球団と契約する術はないようなものだ。

 

 そんな雲をつかむような限られた可能性に挑戦している選手たちが集結し、世界の大学世代の野球選手権とでもいうべきU23ワールドカップが開催された。メンバーの中心はオランダ国内リーグホーフトクラッセでプレーする選手たち。その半数近くはアメリカの大学でもプレーし、大学のシーズンオフにオランダに帰国しホーフトクラッセでプレーしている。

 オランダ代表は9月上旬に開催されたU23ユーロで優勝し、そのメンバーにMLB傘下マイナーでプレーする選手を加えて大会に臨んだ。結果は10位。欧州ナンバーワンのチームとして臨んだ世界の舞台だったが、競合と渡り合うためにはまだまだ力不足が露呈した形だ。

f:id:honkbaljp:20211018190559p:plain

オランダ代表試合結果

 この大会で露呈したオランダの弱点は守備力だった。フル代表では、鉄壁の内野陣を活かすため、投手はテンポよく投げ込み、打たせて取るスタイルだが、この世代ではそのスタイルに当てはめることが難しかった。

 象徴的な試合が第2試合目の韓国戦だ。オランダが7-2でリードしていた最終7回裏、ノーアウトでヒットを許した後、ゲッツーコースのショートゴロが飛んだ。それを遊撃手のセラッサがファンブル。2アウトランナーなしとなる場面でピンチが広がり、その後一気に同点に追いつかれる発端を作ってしまった。更には、延長でタイブレークとなった8回1アウト2,3塁からファーストゴロが転がると一塁手のジャマニーカがホームへ暴投、これがサヨナラの得点となり敗北した。この2戦目に仮に勝利していれば、スーパーラウンド進出の可能性も広がっただけに、韓国戦での敗戦は非常に痛かった。何より、この2つのエラーで負けたのは今回の代表の象徴的なプレーと言ってよかった。

 

 守乱はこれだけではない。コロンビア戦で初出場したマルティー捕手はパスボール等を繰り返し試合後半は集中力が完全に切れていた。また、内野の要であるショートではセラッサとファンデサンデンが大会の半分、それぞれ4試合ずつ出場したが、両者ともいいプレーがありつつもエラーも複数見られた。また、外野手のリップはチェコ戦でライト前に飛んだヒットを後ろに逸らし、走者一掃の三塁打にしてしまった。と、守備の乱れを言い出すと枚挙にいとまがないが、この守備力では上位を狙うのが難しかったのもまた事実だろう。

 

 その中でもディフェンスで存在感を示したのが二塁手のケンプと捕手のヤンセン。ケンプは安定したフィールディングでショートの二人をカバーしたし、ヤンセンは献身的なブロッキングとキャッチングで投手陣を引っ張った。

 ケンプはフル代表常連のドゥエイン・ケンプの弟で、まだ19歳。国内ツインズでプレーしている。打撃のほうもスピードを活かした攻撃ができる選手であるので、これからの成長が楽しみな選手の一人だ。

f:id:honkbaljp:20211018205222j:plain

タイリック・ケンプ内野手(photo:Alfred Cop)

 ヤンセンアメリカの大学でもプレーしており、国内ではツインズに所属。シーズンオフには日本でプレーするバンデンハークの練習相手を務めている。大学リーグでも守備部門の優秀賞を受賞するなど守備型キャッチャーとして活躍しており、捕手に人材が不足しているオランダフル代表にも入ってこられるだけの守備力を兼ね備えている。WBCではメジャー経験もあるトロンプがレギュラーキャッチャーを担うだろうが、彼不在だとベテランのリカルド、ロープストックらが現状の捕手陣だ。打撃面の能力を向上させれば、オランダの甲斐拓也として、代表に割って入ることができるだろう。

f:id:honkbaljp:20211018205421j:plain

デイフ・ヤンセン捕手(photo:MvW.Fotografie)

 

 打線で一人気を吐いたのはセラッサ。全試合3番に入り、打率.346と唯一3割を超えた。U18でも代表経験があり、U23代表はこれが2度目の選出。アメリカの大学でもプレーしているが、今季はホーフトクラッセでも本塁打3本放っている。これまで通算僅か1本だったのを考えると、倍増以上。長所の打撃面を向上させ、ホーフトクラッセで圧倒的な数字を出せば、ポストドゥエイン・ケンプとして、フル代表に選出されるのもそう遠くない未来に実現できるだろう。

f:id:honkbaljp:20211018190119j:plain

デラーノ・セラッサ内野手(photo:Henk Seppen)

 また、同じショートとして4試合、DHとして3試合に出場したファンデサンデンはエラーもした一方で、1イニング3つのショートゴロを軽快にさばいたり、非凡な守備力も垣間見せた。この大会では打率.158と、数字は残せなかったが、いい当たりが正面を突いたり、好守にはばまれたりと、不運な面もあった。ホーフトクラッセではここ4年で3回3割以上の打率をマークしている。アメリカの大学で守備の安定性に磨きをかければ、守備職人として代表を支えたマイケル・デュルスマのような存在になり得る。

f:id:honkbaljp:20211018190243g:plain

トミー・ファンデサンデン遊撃手、タイリック・ケンプ二塁手

f:id:honkbaljp:20211018205650j:plain

トミー・ファンデサンデン内野手(photo:MvW.Fotografie)

 長打力を見せたのはマイナー組だ。前回のU23でも活躍したマルティーナは、今年のヨーロッパ選手権でフル代表デビュー。今大会では打線の中心として期待されたが、前半戦はヒットが出ず苦しんだ。終盤のチェコ戦で待望のホームランが出たが、強豪ひしめくオープニングラウンドで打棒が鳴りを潜めたのがチームとしては非常に痛かった。

 意外なスピードを見せたのはミシェル。ボテボテの内野ゴロでも、右打席から内野安打できるだけのスピードの持ち主だった。ドイツ戦ではホームランも放ち、最年長24歳として意外な活躍を見せた選手だった。

 

 ただ、打線全体としてみると、リードオフマンでフル代表にも選出されたリップがあまり出塁できなかったり、主軸として期待されたジャマニーカが大会を通じてノーヒットに終わったり、想定していたような戦いができなかった。U23ヨーロッパ選手権で成功した打線の並びが機能せず、主砲のマルティーナの不調。これがオープニングラウンド敗退の主要因だったと言ってもいいだろう。

 

 一方の投手陣。先発で白星がついた投手は一人もいない。韓国戦に先発したクラハトが4回を2失点に抑え降板したが、最終回に追いつかれ白星がつかなかった。先発陣に総じて言えることは、球速とスタミナ不足だ。先発陣で140キロ以上を計測したのはマドゥロ、ポステルマンス、クラハトら3人だが、平均して140キロを超えた選手は一人もいなかった。特にクラハトは初回に141キロを計測して以降、1球も140キロ超はなかった。先発登板したクラハト、プリンス、デフラーウは今季ホーフトクラッセで先発登板をしている投手だけに、期待外れな内容に終わった。

 その中、意外な好投を見せたのがポステルマンス。ツインズで先発ローテーションを担う彼は、2試合に先発し8イニングと2/3を6被安打8奪三振3失点。勝ち星さえつかなかったが、緩急をつけながら試合を作る投球を展開した。

 ただ、全体的に言えることは他国と比べた圧倒的なスピード不足。ファストボールプロジェクトを立ち上げ投手陣の球速・レベルアップに注力しているだけにこの結果は残念。デフラーウも90マイルを超えたとの情報があったはずだが、、、

 

 一方でリリーフ陣には光明も見えた。カシミリ、メンデスのマイナー組が150前後の速球を見せつけたのはもちろん、フル代表にも選出された国内組のデフロート、ホネッシュが145キロ近い威力ある球を投げ込んでいた。両者とも所属するチームでは先発も経験しているが、今大会では大事な場面でリリーフとして登板し相手の攻撃の流れを止める役割を担った。

f:id:honkbaljp:20211018190401g:plain

ジオジェニー・カシミリ投手

 デフロートは大きなスライダー、チェンジアップと伸びのあるフォーシームで三振の山を築いた。大会中4イニングで9奪三振、無失点は圧巻の数字だ。

 ホネッシュは90マイルに迫るカッターで打たせて取る投球を繰り広げた。被安打9、7失点と数字は伴わなかったが、内容や登板した場面が厳しかったことを考えると致し方ない。弱冠19歳のこれからが非常に期待できる投球だった。

f:id:honkbaljp:20211018190507g:plain

ジェイデン・ホネッシュ投手

 参考に、最高球速が140キロを超えた投手を載せておく。

 カシミリ153キロ

 メンデス148キロ

 デフロート146キロ

 ホネッシュ144キロ

 コク144キロ

 バケル144キロ

 マドゥロ143キロ

 ポステルマンス143キロ

 クラハト141キロ

 

 リリーバーではデフロート、ホネッシュ以外にもコク、バケルらが奮闘。彼らも平均して140キロを超える速球を投げ込んでいた。中継ぎ投手はフル代表でもスタイフベルヘン、ファンミルらが引退し、手薄になっている。マーティス、ケリー、フローラヌスらが何とか穴を埋めている状況だ。ただし、彼らだけでは、WBCを勝ち上がっていくのは至難の業だ。150キロを超えるカシミリ、さらなる成長が期待できるデフロートやホネッシュの中から将来のオランダ代表勝ちパターンが生まれるのを期待したい。

f:id:honkbaljp:20211018205840g:plain

ラフ・コク投手



 

 チームとしては、十分な成績を残せなかった今回のU23オランダ代表。しかし、一人ひとりのプレーヤーを見ていくと、オランダ代表の未来につながるような選手も見られた。彼らが今後アメリカの大学で成功を収め、MLBと契約できるのか。はたまた、アメリカンドリームを諦め、オランダのホーフトクラッセで爪を研ぐことになるのか。いつの日か、WBCでオランダのユニフォームを身に纏った彼らの姿を想像し、これからも彼らの勇姿を追いかけていきたい。