蘭野球事始 ~オランダ野球風説書~

自称日本一オランダの野球に詳しいブログ

オランダに”プロ”野球リーグ誕生!? ~エクスパンション・プロ化~

 「これからはメジャーでも、セリーグでもなく、パリーグです。」そう言い放ったスター、新庄剛志が引退以来14年ぶりに球界に復帰した。新庄効果は絶大で、彼の一挙手一投足に野球ファンのみならず、多くの人が心を躍らせ、ちょっとしたことでも話題となっている。一人のスターの存在だけで、こんなにも野球というスポーツに光が当てられるのか、と驚くのと共に、彼のまじめなインタビューの受け答えや裏話を聞くと、同郷人として誇らしげな気持ちになる。私の母は、「なぜホークスが監督にしなかったのか」と憤慨していたが、そりゃホークスは無理ですばい。

 

 さて、個人的には10数年も前から「これからはメジャーでも、日本プロ野球でもなく、オランダホーフトクッラセですばい。」と思ってきたが、それを成し遂げられるようなスター選手は未だ登場していないし、オランダ国内ですら野球リーグの人気は上がっていない。

 2021年シーズンもアムステルダムパイレーツの優勝で幕を閉じ、入れ替え戦で2部に降格になるチームも決まった。さあ、ここから移籍市場が動き出すぞ、と思った矢先。ビッグニュースが飛び込んできた。なんと、入れ替え戦に敗北したシリコン・ストークスが降格せずに、昇格するRCHペンギンズを加えて9球団で2022年シーズンを実施するというのだ。

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リーグ残留が決まったシリコン・ストーク

 これはいわばエクスパンションだ。しかし、ただのエクスパンションではない。クローズドリーグ(米式スポーツリーグ)化とプロ化を伴うエクスパンションだ。

 

 オランダシリーズ真っただ中の10月5日、各球団のオーナーが招集され、ホーフトクラッセの経営に関するオーナー会議が開催された。ここで議論されたのが2022年からのクローズドリーグ化とリーグのプロ化だ。

 来年からはメジャーリーグや日本プロ野球NPB)と同様に、チームの順位に関わらず、2部リーグとのチームの入れ替えは廃止。プロ野球チームとして最低限度の施設・財源を有する球団のみがホーフトクラッセに参入できる、と決めた。

 

 この決議がなされた後、10月16日の入れ替え戦にてストークスが敗北。もちろん10月5日のオーナー会議にはストークス球団も参加していたわけだから、来年からの新生ホーフトクラッセに参加する気は満々。降格なんか知ったことか、となったわけだ。王立オランダ野球ソフトボール協会(KNBSB)は頭を悩ませたことだろう。こうした八方ふさがり状況で、苦肉の策として9球団での2022年シーズン実施、という折衷案が持ち出されたのではないかと推察する。いわば、意図しない形でのエクスパンションである。

 果たして、こんな行き当たりばったりで本当にプロ化が進められるのだろうか。9球団で実施するといってもチーム数が奇数になるため、毎カード1チームは試合ができなくなってしまう。現在のレギュレーションでは、毎週1カード3試合が行われており、この方式を継続するのであれば1週間試合がないチームが生じてしまう。詳しい日程は発表されていないが、どのように工夫して日程を決めるのだろうか。

 

 更には、プロ化に向けた一番の課題が財政面。協会幹部は、“トップスポーツ”としてオランダ五輪委員会から更なる支援を受けられると説明する。しかし、本来五輪委員会から支援金が受けられるのは、オランダ代表選抜選手等の強化選手のみ。リーグやクラブに支援金が支給されるわけではない。ましてや、野球はパリ五輪の正式種目から除外されている。野球に対して予算を拡大してもらえる積極的な要因は何一つない。各球団の経営努力により、スポンサーからの更なる支援を引き出すか、より良いスポンサーとの契約をするしか、球団経営に対する財政的な拡大策はあり得ない。

 ホーフトクラッセでは突然メインスポンサーが撤退するのも珍しくない。オランダの野球の聖地ハーレムを本拠地としたキンハイム。このチームにはコレンドンというトルコ系格安航空会社がスポンサーとしてついていたが、2016年に突如として撤退。主力選手がほぼ全員流出し、ホーフトクラッセから球団自体も離脱した。現在は同じハーレムに本拠地を置くDSSと連合でリーグに復帰しているが、当時のような強いチームには戻れていない。

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ハーレム連合チームとして参加しているキンハイムとDSS

 こうした事態を招かないためには、ファンを獲得し、入場料等収益性を挙げなければならない。成功例はL&Dサポートというコンサルティング会社がスポンサーを務めるアムステルダムパイレーツだ。どのチームも毎試合100人も観客動員できれば御の字だが、アムステルダムは平均的に300~500人を動員。オランダシリーズでは1000人超を動員している。結果としてL&Dサポートは2009年からスポンサーを務めて以来、来季で13年目に突入する。もちろん元々根付いている地域のファンに支えられているとはいえ、野球博物館やレストラン、室内練習場を整備するなど球団の経営努力も一役買っているはずだ。

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大勢の観客が入るアムステルダムの試合(photo:Henk Seppen)

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パイレーツの創始者の名を冠するルーク・ルーフェンディーボールパーク(photo:Henk Seppen)

 アムステルダムのように成功を収める球団はごく一部。この現状を協会幹部はどう分析しているのだろうか。協会幹部はコロナ下での改革の成果を力説する。その一つがホンクボルTVの成功。コロナ禍のロックダウンに伴い、無観客での試合を余儀なくされたホーフトクラッセ。協会はこの事態に素早く対応し、ホンクボルTVという、毎試合ライブ中継を無料視聴できるコンテンツを整備した。私もこれには大いに期待したが、蓋を開けてみるとひっくり返った。バックネット裏に設置した固定カメラの映像を垂れ流すだけという何ともロークオリティな代物だったのだ。外野にボールが飛ぶと画面上から見失ってしまい、普段野球を見ているファンからすると見るに堪えないのだから、野球になじみがない層からすると論外。こんなもので新たなファンの獲得などできるはずもない。

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ホンクボルTV

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ホンクボルTV中継画面。普段の野球中継に慣れているとなかなかの見づらさ。

 ただ、スピード感は評価したい。イタリアやドイツなど球団ごとにライブ中継を実施しているようなところはあるが、リーグ全体でこうしたライブ中継コンテンツを作ったのはホーフトクラッセが初めてだろう。

 リーグ優勝決定戦であるオランダシリーズは、国内でもある程度の注目度があるため、オランダ公共放送(NOS)で生中継される。その映像と比べると、ホンクボルTVは見れたもんじゃない。今後は、ホンクボルTVの“成功”を、少しでも大成功に近づけるために、より良いものにしていってほしい。

 

 おおむね協会のリーグ発展構想自体には賛同する。キュラソーアルバを含めた外国人選手の受け入れルールの改善や、上位チームに有望選手が固まり出場機会が限られているため、レンタル移籍なども含めた移籍制度の改正にも賛成だ。各チームの戦力均衡を図り、リーグ全体のレベルを上げていく方針に間違いはない。

 しかし、現実的視点が抜け落ちていることに多くのファンより懸念の声が出ている。過去に現実的視点が抜け落ちていた結果、大失敗した例がある。メジャーリーグの公式戦誘致を試みたホーフトドルプ新球場の建設がそれ。建設したものの、収容人数は常設で1万人。仮設観客席でプラス2万人としていたが、途中で財源的問題に直面し頓挫。しまいにはイギリスロンドンにヨーロッパ初のメジャーリーグ公式戦開催の座も奪われた。

 

 今度はホーフトクラッセのプロ化・エクスパンションという目標を頓挫させないためにも、現実的視点を持ち、少しずつ少しずつより良いリーグにしていって欲しい。何はともあれ2022年の新生ホーフトクラッセが今から楽しみだ。